憲法記念日とこどもの日のはざまでー5月4日という日

5月3日憲法記念日と5月5日のこどもの日の真ん中、5月4日が4月29日のみどりの日を移動させて祝日になったのは1985年。
1つでも 飛び石を減らして経済効果をあげよう!などと言われていた記憶がある。ならば、5月1日メーデーと翌2日も祝日にすればよいのでは?と、つっこんだように思う。

それはさておき、私にはこの5月4日という日に特別の思いがある。

私が勤めていた大阪市内の学童保育に、ほんの短い間通ってきた小さな女の子がいた。おかっぱ頭で大の動物ずき。猫 、犬、ハムスター、スズメのヒナ。どこからか学童保育に持ち込まれる動物をめぐる騒動に小さいながら必ずいっちょかみしていた。母とふたり暮らしのアパートでウサギを飼い、その話しをするときは本当に楽しげだった。時折、寂しげな表情を見せていたが、納得のいかないことには一歩もひかずに全身で怒りをあらわした。そんな女の子が学童保育をやめたのは「学童は楽しんで行ってるけど、保育料が高くて続けられない」(大阪市内の学童保育は保護者の共同運営。それでも親たちが協力して単身家庭への減免を実施。が、保育料は当時でも1万円近かったと思う)という理由。指導員としては、一番残念なことだった。やめた後、町で見かけて声をかけると「おとうちゃん、帰ってきた」とうれしそうに教えてくれた。

そして、5月4日が祝日になる前の年のこの日。
女の子は、母を失った。離れて暮らしていた父が戻り、しばらくは仲良く過ごしていたが、5月4日母が働いていたスーパーに父があらわれ、いきなり母を刺して、その場で逮捕されたと聞いた。母は失血死だったという。授業中の女の子に、このできごとを伝えなければならなかった教師の気持ちを思うと苦しくなる。迎えにきた祖母とともに、街を去ってからの消息を知るすべはない。

父が母の命を奪う。この現実を、あの小さな女の子はどうやって受けとめ、その後の人生を歩んだろうか。今、40歳を超えたばかりの年齢か。幸せでいてほしいと心から願う。

憲法記念日とこどもの日のはざまの5月4日。何年たっても、私には重い一日だ。